もしも悲しみが目に見える生物になったらーー心の傷に寄り添う小説『カナシミ水族館 心が泣き止む贈り物』に癒される

自分の中にあるすべての感情が大切だという言葉は、よく見聞きする。だが、ポジティブな感情は受け止めやすい一方、ネガティブな感情はできるだけ感じたくないのが本音だ。特に向き合い方が難しいのは、「悲しみ」という感情。心の傷をつくるもとにもなるこの感情との向き合い方は、大人でも分からないことがあるだろう。
そんな苦しさを感じた時、手に取ってほしいのが『カナシミ水族館 心が泣き止む贈り物』(著:夕瀬ひすい・イラスト:chooco/ことのは文庫)だ。本作は心に傷を負い、人との付き合い方に悩む女子高生が、悲しみを可視化できる不思議な水族館に誘われるというユニークな物語である。
自身の悲しみが息づく幻想的な水族館

本作のカバーには人間が光と共に魚の群れに抱かれ浮いている不思議な水族館が描かれており、作品を読む前から幻想的な世界へ誘われてしまう。浮いている少女は誰なのか、そして、そんな少女をじっと眺める女の子はどんな表情をしているのだろうと想像力が掻き立てられる。
主人公の律は、人間不信。他人を心に入れたくないとの思いから、友人とも一定の距離を保っている。人を信じて裏切られるくらいなら、最初から期待をせず、心を閉ざしていればいい。律がそう思うようになったのには、“苦い過去”が大きく関係していた。
ある夏の日、友人から遊びの誘いを断った律は不器用な生き方しかできない自分を責め、自暴自棄になる。すると、不思議な出来事が……。気づくと、見たことがない水槽の前に立っていたのだ。
律が飛ばされたのは、自分の悲しみを見られる「カナシミ水族館」という不思議な場所。なんと、展示されている生物たちはすべて、律の中にある悲しみだった。
信じられない世界が存在していたことに戸惑いつつも、律はスタッフと交流しながら館内を見て回る。目から赤い光を放つアカメや口を閉じて静を全うするネムリブカなど、カナシミ水族館に展示されている生物は多種多様。それらに触れると、律は悲しみを思い出す。
摩訶不思議な形で心の傷と向き合うことになった律。彼女はやがて、人間不信のきっかけを作った“心の傷”とも向き合うことに。深層部で律は、これまで目を背けていた「悲しみ」の核と向き合い、ある決心をする――。
本作は、悲しみを可視化できるという設定が面白い。もし、自分の中にある蓋をした悲しみも可視化できるとしたら、一体どういう形になるのだろうと、つい想像が膨らむのだ。
人の心にはなぜ悲しみがあるのか
物語の中で一貫して描かれているのは、悲しみという感情が、なぜ人の心にあるのかという問い。著者はカナシミ水族館で働く4人のスタッフと律の交流を通して、答えを出すのが難しいこの問いへのアンサーを導き出す。
スタッフたちは、みな個性豊か。水族館のショーを成功させられない不器用さんや、わざわざ心の痛いところを突いてくる人など、見ごたえあるキャラクター性で物語を盛り立てる。
性格が様々なスタッフたちに唯一、共通するのは綺麗事を言わないところだ。例えば、ストレートな物言いをする少年・入瀬タクトは、人と距離を縮めることが怖いと溢す律に親しくなりたい相手への歩み寄り方を教える。一方、汀定利(みぎわ さだとし)と名乗る老紳士は「人は悲しみを超克してこそ、さらに成長できる」と、あえて厳しい言葉を言い、律が悲しみと深く向き合えるよう、サポートする。
温かい助言だけでなく、時に鋭いアドバイスをするスタッフたちとの交流により、律は自分の本音を知り、人と向き合うことの尊さを思い出すのだ。