売り切れ続出、随筆復興の文芸誌「随風」創刊の背景 編集者・平林緑萌×文芸評論家・宮崎智之 発起人対談

随風インタビュー

 随筆復興を推進する新文芸誌『随風 01』が発売直後から売り切れが続出し、独立系書店やSNSなどを中心に大きな話題を呼んで、一般発売から2週間で重版した。書誌imasuが文芸評論家の宮崎智之、文筆家の早乙女ぐりこを企画人として迎え、創刊した。 

 創刊号では、宮崎智之が「巻頭随筆」を担当し、「友だち」をテーマとした随筆特集に、浅井音楽、海猫沢めろん、オルタナ旧市街、岸波龍(機械書房)、早乙女ぐりこ、かしま、ササキアイ、作田優、鈴木彩可、竹田信弥(双子のライオン堂)、友田とん、西一六八、野口理恵など、いま最も注目を集める書き手が寄稿している。 

 続く「批評」では柿内正午、仲俣暁生、横田祐美子が鋭利な随筆論を寄せ、「座談会 城崎にて、香川にて」では、森見登美彦、円居挽、あをにまる、草香去来が登場。巻末には北尾修一による「編集していない編集者の編集後記」が掲載された。 

 そんな注目を集める『随風』はどのような思いで創刊されたのか。書誌imasu・代表で編集を務めた平林緑萌と、企画人で随筆復興運動を推進する宮崎智之の両氏に話を聞いた。(篠原諄也) 

書誌imasu代表・平林緑萌

■随筆・エッセイについての思い

ーー『随風』の企画が始まった経緯を教えてください。 

平林:宮崎さんとは10年ほど前に、本屋B&Bのトークイベントで一緒に登壇した時に知り合ったんですが、当時から一緒にお仕事をしたいという話をしていました。そして2年前に書誌imasuが文学フリマ東京に出展した時に、ペーパーに宮崎さんに寄稿してもらっていたこともあって、この企画について相談をしたんです。 

宮崎:知り合った当初は同い年であることもあって、気が合ったんですよね。それで2年前にお声がけいただきました。僕が随筆復興と言いはじめたのは3年前の2022年です。『モヤモヤの日々』(晶文社)という分厚い日記本を発売した頃でした。 

ーー宮崎さんには刊行当時、インタビューで随筆復興への思いを語っていただきました。 

文芸評論家の宮崎智之

宮崎:随筆・エッセイについて思うところがあったんです。日記も広義の意味では随筆です。少し専門的な話をすると、昔は「自照文学」という言葉もありました。要するに小説とは違って、自分を照らして書くものであると。しかしそうした日記・随筆は、現代の文芸において必ずしも地位が高くないと思っていました。そこで『モヤモヤの日々』を広めていきたいという思いもあり、随筆復興を提唱しはじめたんです。「随筆はこれから来るジャンルだ!」と言い続けてきたら、だんだん浸透しはじめました。その中で平林さんにもキャッチいただきました。平林さんは北杜夫という作家の随筆が好きで、同じようなことを考えてくれていたようですね。 

平林:僕はずっと北杜夫の再評価をやりたかったんです。戦後にユーモア随筆というジャンルを作った一人で、1960年にデビューして以降、80年代の前半まで人気作家でした。当時は純文学作家の中では、北杜夫と遠藤周作が双璧と言っていいほどの人気でした。二人の共通点としては、随筆が非常に売れていたことがあります。随筆がベストセラーランキングのトップ10に入る純文学作家は、その二人くらいだったと思います。 

 遠藤周作はいろんな文学賞を受賞していて文学館もあるほどなので、評価されてきました。一方、北杜夫は世俗的なものにあまり興味がなく、賞も辞退するような人だった。そうしたこともあって、過小評価されていると思っていました。そこで宮崎さんの随筆復興運動に僕も参加することで、北杜夫の再評価をしたいという下心もあったんです。 

ーー『随風』はどのようなコンセプトなのでしょう。 

平林:まず、宮崎さんの随筆復興という文学運動の根拠地であることが一つです。わかりやすい言い方をすると、随筆復興運動に参加したい人は『随風』に載ることを目指していただきたいです。 

  また、既存の文芸誌が宿命的に背負っている機能として、単行本にするための連載を多く載せていることがあります。一方で『随風』は、単行本のための連載はやらないようにしています。なので、どこからでも読めるし、一冊を最初から最後まで読み切れる文芸誌なんです。もちろん、雑誌は興味のあるところを拾い読みするのも醍醐味なのでそれでもいいんですが、『随風』は全部を読めるものにしたいという思いがあります。 

宮崎:ちょっと補足すると、掲載作品が本になることはいいんですよね。 

平林:もちろんそうですね。単行本を出すために連載をするという企画の立て方をしないということです。文芸誌というのは、単体ではペイができないため、単行本で売上を確保するという構造になっています。でも雑誌単体でペイできれば、そういう企画の立て方にしなくてよくなる。せっかく新しい文芸誌を創刊するならば、新しいことをやってみようと思いました。 

 また『随風』に関して意識したのは、書店の直取引の掛率を6割にしていることです。一般的な取次経由の商品に比べると、2割ほど書店の取り分が多いんです。これは独立系書店を中心に、本を売る側に新しいシーンが立ち上がっているため、そこに積極的にコミットできる商品を開発したいと思いました。 

 本や雑誌を商品と呼ぶことに抵抗がある人もいるかもしれませんが、僕はもともと書店員・出版社の営業だったので、新しい市場には新しい商品を開発して供給する必要があると思っています。全員がそれをやるかどうかはともかく、そういうコミットの仕方をしたほうが、新しい場所で新しい化学反応が起きるはずです。 

ーー『随風』創刊号は、随筆、批評、座談会が掲載されています。このような内容にしたのはなぜですか。 

宮崎:批評は僕がぜひ入れたいと相談しました。僕は、批評が機能しない限り、文学は機能しないと思っているんです。随筆は、特権的な一人称が真実を占有してしまう可能性があります。横から何を言ったとしても「私はこう思ったから正しい」となってしまうんです。 

 でもそこに批評の隙間がないとは思わなかったんですよね。では、あなたと世界の関係はどうなの? それを自分で全部把握してるんですか? という風にも読み解けるわけじゃないですか。だから随筆についての批評は必要だと思いました。 

平林:全体の構成としては、随筆の雑誌なので、第一特集の随筆特集は基本的に崩さないつもりでいます。そして次の批評は、宮崎さんが話された通りです。その後は今回は座談会が入っていますが、今後は他のものが入るかもしれません。いわゆる雑誌的な部分ですよね。 

宮崎:雑誌の「雑」の部分ですね。 

平林:それは多少ないと、アンソロジーになってしまうので、工夫をしていきたいなと思っています。 

 人選については、企画人の宮崎さんと早乙女ぐりこさんと話し合って決めました。基準としては、一般的に知られていない新しい才能に積極的に声をかけていくようにしました。今回の執筆陣には、複数冊の本を出していて、既存の有名な賞を取って、文壇で地位を確立しているような方はいません。新しい文芸誌の創刊号を頑張って売らないといけないという状況では、本が売れている人に順番に声をかけたほうが確実かもしれません。でもそれでは、新しいシーンを作ることにはならないと思ったんです。 

ーーリアルサウンドブックでは昨年、その中の注目の文筆家の一人、オルタナ旧市街さんと宮崎さんの対談も掲載しました。そうした執筆者から、実際に原稿を受け取ったご感想を教えてください。 

平林:僕が最初に全部受け取りましたが、全体的に非常にレベルが高かったです。創刊号だということもあって、皆さん相当力を入れて書いてくださりました。 

宮崎:僕が積極的に関わった批評も、どれも非常にレベルが高かったです。柿内正午さんの随筆時評というチャレンジングな連載も始まりました。前半は宮崎智之論になっている不思議な内容ですが、そこから非常にうまく展開していて、読んだことのないような批評になっています。 

 また、仲俣暁生さんにはぜひ登場いただきたく、僕と平林さんの2人で依頼に行きました。今、随筆を考える上では、仲俣さんの提唱する「軽出版」という概念が重要だと思ったからです。本を出版してお金をちゃんとペイできる仕組みを作っていく。それは「表現の民主化」という意味で、非常に重要な核になってくると思います。 

 横田祐美子さんの批評も読んだことがないようなものでした。横田さんは学習院さくらアカデミーで「エッセイの哲学」という一般向けの講座をやられていて、僕も聴きに行きましたが、本当に最高の内容だったんです。講座ではモンテーニュからフランス現代思想までを一気通貫してエッセイを論じていたんですが、今回の批評はそれともまったく違って、横田さんの実存をかけたような内容でした。哲学者であるため言葉の使い方は厳密ですし、読み物としてもとても面白いです。 

 随筆についても、僕も平林さんと同じくレベルの高いものが集まったと思います。先ほどの話のように、最初から最後まで読み通すことができる雑誌になった自信があります。ひとつ言いたいのは、謎の随筆家・かしまさんの文章はぜひ読んでほしいですね。かしまさんは大物ですよ。ご身分は明かしたくないということで、SNSもやられていないのですが。 

平林:本当にどれも想定よりも水準が高くて、非常によかったと思いました。これからも雑誌自体は続いていくので、創刊号を基準に原稿依頼をしていきます。今回のレベルが非常に高いので、次号以降に寄稿いただく方はちょっと大変になるかもしれませんが...(笑)。 

宮崎:そうかもしれませんね。僕はこの文芸運動を「随筆復興の春」と名付けたんです。今後も随筆論、書店イベント、選書フェアなどをはじめ、いろんな人を巻き込みながらどんどん展開していきたいです。

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