「反骨心がなくなったら引退かな」 日食なつこ、アルバム『銀化』完成までに味わった“慣れ”との葛藤

日食なつこ、“慣れ”との葛藤

 待望のアルバムだ。日食なつこが5作目のアルバム『銀化』をリリースした。収められたのは昨年行われた未発表曲ツアー「エリア未来」で披露された全ての楽曲と、敢えて演奏を見送った新曲「i」、そしてインタールードを加えた12曲である。「周年企画で新曲のみのツアー」をするという珍奇な発想はもちろん自信の裏返しであり、実際ライブに足を運んだリスナーは、間違いなくこの音源化を望んでいただろう。はっきり言ってこれまでのどの作品とも似ていない、日食なつこの才気が迸っているアルバムだ。

 バンドメンバーはもちろん、15周年企画「宇宙友泳」を共に駆け抜けた日食CREW。沼能友樹(Gt)、仲俣和宏(Ba)、komaki(Dr)と作り上げた本作には、しなやかにして強靭なアンサンブルがある。曲調やアレンジの幅も、間違いなくこれまでで一番だろう。エンジニアが変わったことも見逃せないトピックで、結果どこを切っても新鮮な風が吹いてくる音楽になっている。

 6月からは初のZeppツアー『玉兎 “GYOKU-TO”』を控えるなど、快調に16年目へと乗り出した日食なつこに話を聞いた(ちなみに最新のアー写は太田好治が撮影)。(黒田隆太朗)

お客さんのリアクションを含めて、いろんな“銀化”を含んだアルバム

ーーアルバム『銀化』が完成しました。どんな手応えを持っていますか。

日食なつこ(以下、日食):収録曲は去年開催した「エリア未来」の曲ということで、手応えは1年以上前に十分できている作品ですね。最初に正直な話をしておくと、若干過去になり出しているくらいのアルバムです。出る前から私の中では完結しかけていますね。

ーーサウンド面ではどうですか?

日食:日食CREWと題したバンドサウンドが、大きく作品を包んでいるような感じにはなっていると思います。

ーーまさにバンドアンサンブルが全面に出ているアルバムになっています。私は日食さんの5作目のアルバムであると同時に、日食CREWのファーストアルバムという感触を抱きました。そして何より、楽曲にレパートリーがありますよね。

日食:散らかしましたね。やっぱりこの3人と一緒にやれるというモチベーションの高さは大きかったんだと思います。ソロでやれることは十二分にやってきたんですけど、決まったメンバーでひとつのプロジェクトを肩組んでやるようなことは意外となかったんですよね。2017年から2019年頃、2回か3回くらい一緒にツアーを回っていたメンバーさんがいて、その人は「ロン毛メガネ」という愛称がつくくらいお客さんにも浸透していたんですけど。その時のメンバーはどちらかと言うと気がついたら集まっていたというか、自然発生的だったと思います。今回は自分の意思で集めたメンバーでやる、というのが理想に近い形で叶ったので、この人たちと一緒にやれるんならあの曲もあの曲もいけんじゃん! と掘り起こしていって。それでこのレパートリーになりました。

ーーしかも音が凄く綺麗です。

日食:だと思います。今回のアルバムからエンジニアさんが変わっていて、その力も日食CREWと同じくらい強いと私は思います。

ーーどなたに依頼したんですか?

日食:大野順平さんという方です。今まではひとりのエンジニアさんにずっとお願いしていたので、その人以外の自分の音を知らない状況が10数年続いていたんです。やりやすいし、向こうも私の癖をわかってくれているので、いろんな提案をしてくれるんですけど。アーティストとして、味を1個しか知らないのはよくないなと思いまして。今回日食CREWとして録るというタイミングで、エンジニアさんも新しい扉を開く感覚でトライしてみてもいいかもと思い、一緒に遊んでくれそうなタイプのエンジニアさんを紹介していただきました。

ーー「エリア未来」の時点ではアルファベット名だった楽曲タイトルですが、全て正式名称がついていますね。今作でアレンジの面で一番印象深かった曲はどれですか。

日食:アルファベットの「c」だった曲、「vacancy」です。物凄くスローテンポのザ・歌い上げ系バラードなので、ピアノ一本でも成立する曲なんですよね。そこでどういう風にバンドを合わせたら上手くいくかな、というのを最初に結構考えて。1サビに行くまではピアノソロっぽくして、一番サビの最後の歌い上げから一気にバンドが合流。そこから一段階景色が広がっていく、という作り方にしたほうが曲の尺的にも聴き飽きがなく最後までいけるんじゃないかなと思って、結構バンドの皆さんにも調整いただきました。その中でもベースのまっちょさん(仲俣和宏)は、ベースという楽器なのに1Aダッシュ辺りのところで物凄く高音の長音ーーシンセみたいな音をギターやドラムが入る前のデモで入れてくれて。そこでこの曲の方向性が割と決まったというか、バンドに決めてもらったという意味で「vacancy」ですね。

ーー「エリア未来」で聴いた時、この曲が一番感激しました。このスケール感はこれまでの日食さんの曲にはなかったものだと思います。

日食:スケール感、という言葉をいただきましたが、確かにその通りで。この曲を書いた2023年から2024年くらいの時に、アリーナサイズを見慣れたものにしたいという気持ちがあって。意識的に超デカ箱、アリーナ以上のライブをいっぱい見に行ったんですよ。それまでは自分の中でのライブ会場って、やっぱり地元の盛岡にあったような200だとか300くらいのキュッとしたキャパというイメージだったんですけど、15周年が控えていることもあってちょっとデカい風景に目を慣らそうと思いました。

ーーなるほど。

日食:そこで色々なライブを見に行った時に、やっぱり自分もステージに立つ人間なので、あれだけのステージをやった後の生活ってどうなるんだろう? って考えちゃうんです。単純に楽しいだけじゃなくて、こんだけの規模のライブをやった次の日は絶対に空っぽだし、デカい景色を見た次の日に自分の部屋でポツンといるそのギャップってなんだろうって、それを考えていたら「空虚」という言葉がポンと出てきて。その空虚にのまれて消えていく人たちもいるんだろうし、そのギャップにやられて心をやっちゃう人もいるのかなって想像したら、デカいことをやり遂げたその後にも道はあり、そこを歩いていくことを考えていかねばならないと思ったんですよね。それがこの「vacancy」の一番大元になったというか、「スケール感との闘い」みたいなことがテーマかな。

ーー「風、花、ノイズ、街」はピアノが後から入ってくる曲になっています。他の曲はすべて日食さんの声や鍵盤から曲が始まるんですけど、この曲だけはドラムの音で始まって、ドライブ感のあるベースと涼しげなギターが続いていく中、途中からピアノの音が合流していきます。まるでインディロックのような曲になっていて、まさに日食CREWとしての楽曲なのかなと。

日食:元々はピアノも頭から入っていたんですけど、「エリア未来」の時にトリオが演奏しているところで、私がピアノを弾かずにMCをするという演出をしていたんですよ。それが定着して、レコーディングが終わってからそう言えばこの曲、頭からピアノがいたよなと気づいたんですけど。まあいっか、これで完成でと。ステージを経てそういう変化を起こした曲ですね。

ーーまさに「銀化」ですね。

日食:本当にそういうことですね。お客さんのリアクションを含めて、いろんな銀化を含んだアルバムです。

日食CREWへのサウンド面での“当て書き”曲も

ーー先んじてベストアルバムに収録された「0821_a」ですが、中盤に入るシンバルの音が良いですね。

日食:あのプログレっぽいところですよね。今までやってこなかったようなことをやってると思います。

ーーこれが最初にできた曲だと聞いて驚きました。この曲は2曲分とは言わずとも、1.5曲分くらいの情報量があると思います。中盤に物凄いアンサンブルが入りますし、何をもってこんな曲になっていったんですか。

日食:これは今でも自分で何を書きたかった曲なのかわかりきれていない、というのが正直なところなんですけど。この曲を書こうと思ったきっかけは、15周年のテーマを「宇宙友泳」に決めたところで、じゃあその宇宙を象徴する、宇宙っぽい曲を書こうということでした。なので言ってしまえばメッセージ性ではなく、今の私が宇宙をテーマに書いたらどんだけ収拾がつかない曲になるのか、ということをやってみたくて。そうしたらこれだけいろんな展開のある曲になりました。

ーーここには宇宙的な膨大さが反映されていたと。

日食:とにかく広い風景をこの曲では見たくて。表現はあれですけど、サビも『宇宙戦艦ヤマト』のようにしたくて、オーケストラでティンパニーがドドドン! と入ってくるみたいな。そういうものが聴こえてくる曲だといいなと思ってましたね。

ーー「julep-ment flight」」では〈君を目指すelopement flight〉と歌っていますね。

日食:駆け落ち旅行の歌ですね。

ーーAORやジャズからの影響を感じます。ラウンジで聴きたくなるようなゆったりとした曲ですね。

日食:しばらく前にひとりで飛行機を使う旅をしたことがあって、その時の逃避行感に凄くワクワクしたんです。私が凄く憧れていた人の地元がそこだったという理由だけで二泊三日、宿も決めずに車だけ借りてその地域を走り回るということを28歳の時にやっていて。その時に見た南国の景色が自分の中に残っていたので、それを曲にしたのが「julep-ment flight」です。曲調もやっぱり自分が飛行機旅をしている時に聴ける曲が欲しいという理由で、これくらいのゆるさでいいかなと考えたところがありましたね。

ーーこの曲は沼能さんのギターが映えますね。

日食:映えますねえ。こういうのが得意な方なので。割とアルバムの中でひとり1曲ずつ当て書きっぽい曲があるんですけど、「julep-ment flight」に関してはNumaさんに当て書きした感じです。Numaさんはレイドバック系のちょっと後ろに構えて、それこそソファによっかかりながら弾くぐらいの曲が得意な方なのかなと私はお見受けしています。

ーーそして「夜刀神」、蛇の神様の曲です。とにかくアンサンブルが凄まじい。サイケデリックで、ハードロックやメタルの要素もあるような曲、そしてこれはベースが主役になっていると思いました。

日食:そうですね。この曲はまっちょさん当て書きです。まっちょさんと一緒にやるようになってから、何回かdownyさんのライブを拝見したんですけどエグいなと思って。人類がこれやれるの!? というような音楽を飄々とやってらっしゃるので、そういう人の力を借りて音楽をやるんだと思ったら、この人のベースを立てる曲を日食なつこが書いた、みたいなことをやろうと思ったんですよね。気がついたらまっちょさん用に完成していました。

ーー寂れた遊園地を描いた「ラスティランド」も凄く良い曲です。ワルツのリズムになっていますね。

日食:これはバンドアレンジがどうなるのか一番わからなかった曲です。めちゃくちゃクラシックなアレンジで、古典的なワルツみたいな曲を敢えてバンドに投げるという。割と怖さもあった曲でした。

ーーメロディが良いですよね。物寂しくて、メランコリックというか。

日食:閉園した遊園地を考えながら、そこで美しかった日々の思い出を歌っているーー例えて言うなら、ディズニーのヒロインみたいなものをちょっとイメージして作っていて。悲劇的なストーリーが曲に出てくればいいなと、それでちょっとメロディアスな歌にはなっています。

ーーでも、最後は空間が埋まるくらいに音が入っていて、ちょっとシューゲイザーっぽい発想を感じました。

日食:これは最後を一番デカいサビにしたいという狙いがあって。歌詞で言い表せなかった全ての悲しみをアウトロでやりましょう、ということはメンバーさんにもお伝えして。その上であのアレンジを作っています。なので最後にメインディッシュが来る曲になりましたね。

ーーなるほど。

日食:ちなみにこの「ラスティランド」がkomakiさんへの当て書き曲です。komakiさんは京都の音楽高校出身で、クラシックへの理解もある方なんです。クラシックの楽曲って劇画チックというか、ドラマチックな展開を得意とするので、メロディアスな曲であればあるほどkomakiさんも乗ってきてくれて、書き手の意思を反映したドラムを叩いてくれる。なのでこの曲はkomakiさんの得意なプレーを極力挟みやすい曲調にしようということで、アウトロもいくらでも暴れていいですし、美しい遊園地を全部壊すくらい細かいフィルを入れていいよと言って。それであのアウトロが出来上がっています。

ーー「i」は暗いという理由で「エリア未来」での演奏を見送られたと聞きました。ただ、こうやって聴くとそこまで暗くはないかなと。

日食:それは出来上がったアレンジが素晴らしかったのもあると思います。本当にピアノだけだとリズムも単調だし、割とずーんと落ちるような曲なので。アレンジのおかげで良い具合にバンド曲の中に馴染んでくれたなと思います。

ーーRefeeldさんにトラックを依頼してますね。

日食:コロナ禍でめちゃくちゃ暇だった時に、Twitterのフォロワーを総洗いしたことがあって。本当にやることがなくて、1日パソコンの前で茶をすすりながらスクロールしているだけの日々だったんですけど(笑)。そこで面白そうなクリエイターさんを、フォロワーの中から探していたんです。(楽曲を依頼する時に)自分の好きなアーティストさんやクリエイターさんに声をかけてもいいんですけど、私をフォローしてくれている人であれば、私の世界観ややりたいことをある程度わかってくれていると思うので、段階が1個省かれて省エネだよなと。

ーーなるほど。

日食:その時にRefeeldさんを発見して、アルバムを買って聴いてみたらめちゃくちゃいいじゃん! と。哀愁に満ちていて、でも洗練されたサウンドになっている。しかもめちゃくちゃお若いんですよね。当時20歳になったばかりで、それでいて自分でレーベルを持っている方だから。音楽のやり方とか世の中への出て行き方も凄く考えていて、何か機会があったらご一緒できないかなと思ってました。で、「i」はバンドよりもトラックメイクっぽい曲だと作っている段階で思っていたので、これはRefeeldさんきたか、と思いオファーしました。

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