「ささやかな嘘を重ねていました」高瀬隼子 芥川賞受賞から3年を経て感じる心境の変化

2022年、第167回芥川賞を受賞した高瀬隼子の『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)が、2025年4月15日に待望の文庫化を果たした。
本稿では、芥川賞受賞からの文庫化までの3年間の変化/不変をテーマに、高瀬にインタビュー。今現在の内面を聞いた。
芥川賞受賞から3年、会社員から専業作家へ
――『おいしいごはんが食べられますように』の刊行から3年が経ちました。改めて読み返しても「体に悪いものだけが、おれを温められる」のくだりなど、食事や料理にまつわる日常描写を切実でひりつく文章で表現されていて引き込まれますが、どのようにして生まれたものなのでしょう。
高瀬隼子(以下、高瀬):いま挙げていただいた部分には、実体験が出ちゃったように思います。執筆時には会社勤めをしていましたが、繁忙期で終電が何週間も続き、小説も書けないし読めない状態だったことがありました。さっきまで隣の席にいた上司は奥様が専業主婦で家に帰ったらご飯もあるし洗濯も掃除もしなくていい。でも自分が今日洗濯をしないと明日着るものがない、と比べて考えて。その上司は何も悪くないのに「なんで自分ばっかり、周りはずるい」という思考になるくらい追い詰められていて、料理なんてもうやってらんねぇよと思っていたので、ネタには困りませんでした。
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※地域によって遅れる場合があります pic.twitter.com/ZUVkiHRUfr
— 講談社文庫 (@kodanshabunko) April 14, 2025
――コロナ禍を経てリモートワークから出社形式に戻った方々もいらっしゃるでしょうし、社会的な変化も含めて本作がよりビビッドに刺さる方が増えたのではないかと思います。
高瀬:勿論いまだ大変な状況の方はいらっしゃいますが、アフターコロナとされるいまの世界を見渡したとき、飲み会などは減ったかと思いますが人間関係の在り方の面倒くささやしんどさはあまり変わらずに移行してきたように感じています。一方で、3年後のいまこの文庫本を手に取られる方がどんなふうに受け取って下さるのか、そして10年後や20年後に「昔ってこんなヤバかったんだ」となるのか「何にも変わってないな」となるのか含めて読者の方の反応が気になっています。

――2023年の文學界での市川沙央さんとの対談のなかで、高瀬さんは「いまの日本社会で人間を主人公にする限り、怒りはにじんでしまう」と発言されていました。本書や『いい子のあくび』『新しい恋愛』などでも、高瀬さんは一貫して“割に合わなさ”を描かれている印象ですが、この3年間でご自身の中に変化はございましたか?
高瀬:大きな変化としては、会社勤めを1年半ほど前にやめて、いまは専業作家として自宅やコワーキングスペースで仕事をするようになりました。会社員時代は、平日の朝8時半~9時くらいに出勤して、夜8時頃まで働いてから退勤後に小説を書いていました。当時は本当に眠かったですし、体力的に限界だと思って会社を辞めました。いまは頭が痛くない状態で小説を書けています。
あとは、読書量が戻りました。芥川賞受賞後の半年間ほどは自分の〆切に追われて小説をほとんど読めず、元々読書が好きで小説家になったのにどういうことだと思いながら読み逃しちゃいけないものを買い続けた結果、積読がものすごい量になってしまいました。仕事を辞めてからは読書の時間もきちんと確保できるようになって、本当に良かったです。
ただ、環境が変わったとしてもスーパーに買い物に行ったり、区役所を訪れたりといった社会とのかかわりは残っていますし、日常の些細な接点だけでもむかつくことはいっぱいあります。「むかつくけど全部表明してはいけないよな。でもいちいち怒っている方がおかしい、みたいな風潮もおかしくないか?」と思いながら、ノートに書き留めています。この習慣も前々から続けているものですし、自覚的には大きく変化していないのかもしれません。
いま午前中は弱いのであまり動かず、起きてとりあえず机に座りますが目の前にパソコンがあっても一行も書けないこともあります。ふとした瞬間にスイッチが入るとばーっと書けるのですがいつそうなるのかはわからないのでずっとその時を待っています。時々はパソコンを持って近所のカフェに行ったり、コワーキングスペースは皆が働いているから私も書こうと思えるんじゃないかと足を運んでみたり――といったような生活を送っています。