JOIとK、Lapwingと私たちが交わす“視線と声”の交感 現代の「あなたの望むすべて」をもたらすものの正体について

JOIとK、Lapwingと私たちの“類似性の正体”

「あなた、寂しそうね(You look lonely.)」

 雨でけぶる街を往く哀しげな背中を、ハスキーな声が呼び止める。彼が頭上を見上げると、巨大な青髪女性。

「ねえ、ハンサムさん、私ならどうにかしてあげられるよ(I can fix it)……」

 ホログラム投影されたその女性は、JOIーーレプリカント(人造人間)・メーカーのウォレス社が製造しているホログラフィック・コンパニオンだ。男に話しかけてきたのはその広告用のモデルであり、彼女の去ったあとには「JOI、それはあなたの望むすべて。あなたの聞きたいと望むすべて。あなたの見たいと望むすべて」というコピーが雨のとばりに浮かぶ。

 彼は、なんとも形容しがたい、微妙な表情でJOIを見つめる。

2025年に広がりを見せた“Gosling”現象

"You look lonely, I can fix that" | BLADE RUNNER 2049 [MEME ORIGIN]

 ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画『ブレードランナー 2049』(以下『2049』)に挿入された、このときの彼の「顔」はネットユーザーの心をつかみ、ありとあらゆる現象に対するリアクション用GIFアニメとして、ネットミーム(「You So Lonely」ミーム)と化した。この男、Kを演じたのは、カナダ出身の俳優、ライアン・ゴズリング。精悍ながらもどこかうらさびしいこの顔がなかったなら、ここまでの広まりは見せなかっただろう。

 そんなゴズリングの顔が、映画公開から8年が経った2025年に、突如として日本でもあふれ出した。きっかけは『Lapwing』(制作:Kuji)という、ソーシャルVR『VRChat』用アバター用と、同アバター用に販売されているフェイストラッキング・アドオン(制作:Hash)の紹介動画だ。その表情やモーションの繊細さが視聴者の心をくすぐり、世界的なバイラルヒットとなった。

Lapwing - Face Tracking Add on #facetracking #vrchat #anime

 このとき、ある視聴者がYouTubeのコメント欄に「例のライアン・ゴズリングのミームじゃ、このデモを見て湧き上がった今の気持ちを表現できない(There is no Ryan Gosling reaction image that can fully convey the feels rn.)」と書いた。それがきっかけで、ひとびとはLapwingと『2049』のライアン・ゴズリングを結びつけるようになり、海外ではなぜかLapwingというアバターモデルそのものがGoslingと呼ばれるようになった。そうして、Lapwingとライアン・ゴズリングのあの顔を同居させたファンアートや動画が多数作られていく(参考:Xハッシュタグ「#Gosling」)。

 このバズりを受けて、日本では「架空の存在(特にCGで作られた女の子)への届かぬ思いのことをGoslingと海外では呼ぶ」といった言説が広まった。が、これは少々の誤解を含んでいる。

 いずれも前述したように、GoslingとはLapwingそのもののあだ名であるし、「You So Lonely」ミームにおけるゴズリングの顔も、少なくともそれまでは雑で広範なリアクションGIFとして使われていた。「架空の存在への届かぬ思い」という文脈に限定されてはいない。そして、『2049』におけるゴズリングとJOIの関係とも異なる。

 

 ところが、日本ではすっかりGosling=「架空の存在への届かぬ思い」ということになってしまった。とはいえ、このような現象は文化や言語が越境するときにたびたび起こるもので、必ずしも「正さなければいけないもの」というわけではない。

 Goslingが「架空の存在への届かぬ思い」ということになったのは、日本におけるヴァーチャル的な存在への強いフェティシズムの傾向にフィットしたからで、そこから生じる興味や表現の萌芽もあるはずだ。名付けられることで救われる魂もあるのだから。

“憂愁とノスタルジー”で繋がった『Lapwing』と「ゴズリング/K」

 いっぽうで、Lapwing/Gosling現象には、フィクトフィリア(虚構性愛)的なるものとまた別の趣きも見てとれる。というのも、Lapwingには、“人格としてのキャラクター”がない。なにかの物語から生じたキャラではないし、あるいはキャラに付随する設定やプロフィールがあるわけでもない。生身の人間が使うアバターであることを考えれば、たしかに設定や物語は不要であるどころか邪魔ではある。

 Lapwingの物語のなさは、おなじく切り取られた顔であるはずの『2049』のライアン・ゴズリングとは対照的だ。映画本来の文脈から分離されてもなお、映画スターであるゴズリングの顔は(Kとしての)ゴズリングとして認識されるし、映画内キャラクターとしての彼の憂愁も想起できる。慣れ親しみ、表れている感情の流れがわかるからこそ、リアクション用のミームとして使われるようになる。

 かたや、Lapwingのことを知るものは少ない。VRChat界隈ではそれなりに有名なアバターであっても、一般的な知名度は皆無にひとしい。知ったところで「アバターである」以上の情報はない。ゴズリングの場合とは逆に、この無名性こそがLapwingのバズを促した。

 ミームは言語だけでは掬いきれない、なにかしらの“感情未満の感触”を語ることのできるツールだ。たとえ、どんなにシンプルでささやかにおもえるものであったとしても、そこには一抹の普遍性が混じっている。多数のひとびとが共有しているなにかが。

 では、Lapwingの持っていたその「なにか」とは? 彼女のなにが世界のオタクたちの情緒をかき乱したのだろうか。

 さしあたっては、もう一度、例のアドオンのデモ動画を観てもらいたい。

Lapwing - Face Tracking Add on #facetracking #vrchat #anime

 懐かしい。フェイストラッキングによる繊細な表情や柔らかな画面の色合い、バックで流れるアーロ・パークスの「Porta 400」のメロウな曲調、そして、子どもっぽくふざけながら表情をつぎつぎに切り替えていく編集……。

 なにひとつ望むことをなしえなかったオタクが死ぬ間際に見る走馬灯があるとすれば、こういうものに違いない。渺茫としておぼろげな、それが目の前で起こったのか、スクリーンを一枚隔てた向こうで起こっていたのかも曖昧な記憶。かつて存在しえなかった美しい日々の断片。そうしたノスタルジックなモードがこの動画には宿っている。

 断片化された懐かしさ。それが、LapwingをGoslingにした。

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