【ネタバレあり】坂元裕二が描く“2つの世界” 『片思い世界』『ファーストキス』を紐解く

坂元裕二が描く“2つの世界”を紐解く

 いま、坂元裕二は何度目の最盛期を迎えているのだろう。

 19歳でヤングシナリオ大賞を受賞。23歳のときに書いた『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)が大ヒット。その後も『Mother』(日本テレビ系)、『Woman』(日本テレビ系)、『最高の離婚』(フジテレビ系)、『カルテット』(TBS系)、『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)と話題のテレビドラマを次々に世に放ち、名匠の是枝裕和監督とタッグを組んだ映画『怪物』では、カンヌ国際映画祭の脚本賞に輝いた。そして2025年、2月7日に『ファーストキス 1ST KISS』(以下、『ファーストキス』)、4月4日に『片思い世界』が立て続けに劇場公開され、40年近くにわたる彼のキャリアのなかでも印象に残る“坂元イヤー”となっている。

 しかもこの両作は、どちらもSF的なセットアップが組み込まれている。『ファーストキス』は、夫・硯駈(松村北斗)を事故で失ったカンナ(松たか子)が、夫と初めて出会った日にタイムスリップして、彼の生命を救うために奔走する物語。『片思い世界』は、殺人事件の被害者・美咲(広瀬すず)、優花(杉咲花)、さくら(清原果耶)の3人が幽霊となり、なんとかして現世に戻ろうとする物語。ゴーストストーリーというより、マルチバース的なSF発想で構築されている。

『片思い世界』©︎2025『片思い世界』製作委員会

 そしてどちらの作品も、設定を細かく補足してくれるシーンが少ない。番組『スイッチインタビュー』(NHK Eテレ)では、対談した新海誠に「SF的な説明がほとんどない」とツッコまれていたくらいだ(もちろん、それでも物語を成立させてしまう作劇術に感嘆したうえでの発言なのだが)。

 『ファーストキス』では、カンナが誰に教えられるでもなく「トンネルを抜けると15年前にタイムスリップできるが、15年前の自分自身と出会ってはいけない」というタイムトラベルのお約束を瞬時に理解していた。観客は主人公の行動・セリフによってルールを把握するのである。

『ファーストキス 1ST KISS』©2025「1ST KISS」製作委員会

 『片思い世界』では、シュレディンガー理論や素粒子というワードが登場して、この世界は無数のレイヤーで出来ていると説明されるものの、「この世に存在するヒト・モノには触れられないという設定っぽいのに、美咲が買い物をしていたり、服を着替えたりできるのはどういうこと?」という疑問が生じてしまっていた。おそらくこの世とあの世はレイヤーが重なっていて、現実世界に存在するものは全て幽霊世界に存在する(でも現実世界には干渉しない)ということなのだろうが、あまりにも説明が少なすぎる

 坂元本人の弁によると、きちんと設定は考えていたが、2時間という尺で脚本を削っていく作業のなかで、どんどん説明描写が削られていったのだという。おそらく坂元自身に、本格的なSF映画をやりたいという意識はないのではないか。彼が描きたい物語、描きたい人物を膨らませるにあたって、タイムスリップやマルチバースというアイデアが導入されたに過ぎない。前述の『スイッチインタビュー』では、「写真みたいに、見たこと聞いたことをテキストで再現したい」という趣旨の発言をしている。彼は頭で想像したものを描きたいのではなく、この世界をありのままに描く写実派でありたいのだ。

『片思い世界』©︎2025『片思い世界』製作委員会

 劇団出身の三谷幸喜や宮藤官九郎、フリーライター出身の岡田惠和、ドキュメンタリー出身の野木亜紀子といった脚本家たちとは異なり、坂元裕二は“人生の仕込み期間”がほぼないままデビューしている。そんな彼の出自が、より現実を、よりリアルを追い求める姿勢に繋がったのかもしれない。彼は一貫して、生々しい人間のドラマを書き続ける脚本家なのである。

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