『あんぱん』『花子とアン』に共通する“そこで生きる”人間の描写 中園ミホの挑戦的な試み

『あんぱん』『花子とアン』に共通点

 一方、嵩は画家を目指して上京し、東京の高等芸術学校へ通い出す。軍事物資のために銀座の街灯などが接収されたのが昭和19年、空襲で壊滅的な被害を受けたのは昭和20年1月27日(※3)なので、嵩が上京した頃の銀座は、まだ享楽的なムードがあった。学校の同級生・健太郎(高橋文哉)は底抜けに明るく、講師の座間(山寺宏一)は、一見適当だが軍人の威圧にもひるまず、草吉にも通じる骨太さを持ち合わせていた。嵩がそんな仲間に囲まれていた同じ頃、校内で戦地への慰問袋提供をとりまとめたのぶは、地元紙に写真が掲載され称賛を浴びるなど、ますます軍国少女として励んでいく。「銀座には自由がある。のぶちゃんにもここに来てほしい」と電話で口にする嵩に対し、のぶは「お国のために働きゆう兵隊さんのこと、ちっとでも考えたことあるがか?」と激昂。帰郷した嵩からの和解のプレゼントも「こんな高価なものを買うんなら、お国のために寄付をしろ!」と突き返し、二人は決定的に道を違えてしまう。

 のぶの軍国主義的態度は、今の世の中では多数派の意見ではない(というよりも、当然多数派であってはいけない)。しかし一方でのぶの姿は、当時の日本で生きていた人間の等身大の姿でもある。中園は“1日のスタートを切る視聴者の背中を押す朝ドラのヒロイン”というセオリーからあえて外れ“ただそこに生きていた”人物を描くという、大変挑戦的な試みをしている。人間の中には善も悪もあるからこそ、ある時代の空気により簡単にあらぬ方向へ進んでしまう。そう、中園がこのドラマで描き切りたい信念、「正義は簡単に引っくり返る」(※4)のだ。

 『花子とアン』の花子こと花(吉高由里子)の人生もまた、関東大震災、第二次世界大戦と時代の激動に晒されるが、女学生という、多感でまだ将来に不安を抱く年齢だった『あんぱん』の暢とは、経験する年齢がずれている。花子はすでに職業婦人であり、また戦争の直前に一人息子・歩を疫痢で亡くすという、大きな喪失を経験した。時代の波とはまた異なるパーソナルな悲劇により、花子は一層、自分自身の生きる道を熟考するようになる。だからこそ、彼女が東京大空襲で焼夷弾が落ちる中、自宅から持ち出した『アン・オブ・グリーン・ゲイブルズ』の原書を抱きしめ必死に逃げていくシーンには、戦争という強大な暴力に抵抗する個人の生き方の凄みと美しさが表れている。

 このシーンがすでにドラマ第1話で差し挟まれていたように、『花子とアン』とは、“花”が“花子”としての確固たる生き方をみつけていくまでのドラマだった。あらゆる悲しみと喜び、苦難を経てみつけ出した“自らが進むべき道”をひた走る花子に感動させられたように、『あんぱん』もまた、この先のぶが紆余曲折を経て嵩とともに自身の生きる道標を探していくようになるはずだ。そんなのぶの道行は、まるで紙にインクが染み出すようにして一層観る者の共感と理解を得ていくと期待している。

参照
※1. https://steranet.jp/articles/-/4231
※2. 『NHK ドラマ・ガイド 連続テレビ小説 あんぱん Part1』(NHK出版・編集)
※3. https://www.ginza.jp/history
※4. https://steranet.jp/articles/-/4232

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、加瀬亮、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、細田佳央太、高橋文哉、中沢元紀、大森元貴、志田彩良、二宮和也、瀧内公美、山寺宏一、戸田菜穂、浅田美代子、吉田鋼太郎、竹野内豊、阿部サダヲ、妻夫木聡、松嶋菜々子
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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