『あんぱん』『花子とアン』に共通する“そこで生きる”人間の描写 中園ミホの挑戦的な試み

『あんぱん』『花子とアン』に共通点

 好評を博している“朝ドラ”ことNHK連続テレビ小説『あんぱん』が第8週目に突入した。

 誰もが知るキャラクター・アンパンマンの生みの親であるやなせたかしと、彼の生涯のパートナー・愓の生涯をモチーフに、わけあって東京から高知・御免与町へ越してきた柳井嵩(北村匠海)と、“ハチキン”と呼ばれる活発な朝田のぶ(今田美桜)の交流が描かれる本作だが、脚本を手がけた中園ミホによると、実際の愓の人物像は、会った人が少ないせいか記録やエピソードとして多くは残っていない(※1)。実際にやなせと暢が出会ったのは、二人が大人になり高知新聞社で働き始めた頃のことだが、ドラマでは幼なじみとしてともに成長していく設定が取られている。“取材力の中園”と評されるほど徹底したリサーチでリアリティを作り上げる中園だが、今作で見られる大胆な脚色には、取材力とともに彼女の作家性が存分に発揮されていると感じられる。

 『あんぱん』は、中園ミホにとって二度目の朝ドラだ。児童小説『赤毛のアン』の翻訳家・村岡花子の生涯をたどる『花子とアン』は大きな反響を得た一方、「筆が遅い方」だと自らを評する中園は、毎日脚本を書く必要に迫られる朝ドラは「もう2度と嫌です(笑)」と、周囲に触れ回った。しかし、幼い頃にやなせたかしと文通していたことや、昨今世界で勃発する戦争を目の当たりにし、やなせたかしのことをよく思い出すようになっていた。そのさなか、彼女のもとへ朝ドラのオファーが来たことにより、「やなせたかしについて書きたい」と申し出たところ、偶然制作側もやなせ夫妻を題材にしたいと思っていたそうだ。

『花子とアン』はチャレンジングな朝ドラだった 『エール』に継承された“戦争への加担”の視点

『赤毛のアン』の翻訳家・村岡花子の明治・大正・昭和にわたる波乱万丈の半世記を描くNHK連続テレビ小説『花子とアン』が夕方に再放送…

 中園ミホのドラマの人物は、極力類型化が避けられている。要するに、極端な憎まれ役も善人もいないのだ。たとえば『花子とアン』の蓮子(仲間由紀恵)は、生涯を通じ主人公・花子(吉高由里子)の無二の親友となるが、登場した頃は自身の生き方を貫くあまり、時に身勝手とも取れる行動に出る。花子をそそのかしてワインを飲ませ、女学校の退学処分に遭いそうになったとき、蓮子は知らぬふりを決め込もうとする。白蓮事件という不倫騒動を起こした柳原白蓮という実在の人物をモデルにした蓮子は、あくまで自身の幸福を追求するタフな女性である一方、自身の自由を謳歌するあまり他人を顧みないわがままなキャラでもある。こうした欠点も、また描き漏らさない。

 中園は『あんぱん』のキャラクターの中で「一番筆がのるのは屋村草吉と登美子」と明かす(※2)。草吉(阿部サダオ)は風来坊のパン職人で、腕はいいが一言多く金にがめつい。俗物漢だがなぜか憎めない愛されキャラとして序盤からドラマを盛り上げてきた彼だが、周囲に戦争の足音が聞こえ始めると目の色が変わり、「戦争なんていい奴から死んでいく」と吐き捨てる。

 登美子(松嶋菜々子)は嵩とその弟・千尋(中沢元紀)の実母で、夫・清(二宮和也)を亡くしたのち、嵩を御免与町の柳井家に置き去りにして再婚したり、その後離縁されて何事もなかったかのように戻ってきて嵩の教育に熱を上げるなど、母親としても女性としてもエゴを隠さない人物だ。だが見方を変えるなら、夫を失った喪失感にずっと苦しんでいる痛ましい人物でもある。

 こうした陰影のあるキャラクターたちにもう一人付け加えるなら、女子師範学校の教師・黒井雪子(瀧内公美)がいる。「忠君愛国」「良妻賢母」をのぶたちに厳しく叩き込む指導者だが、実はかつて結婚していたものの、子供を産めず離縁された。跡継ぎを産めないことを自分の“弱さ”と捉えざるを得なかった黒井が、軍国へひた走る日本に“強さ”を見出し、国に役立つ女性を育て上げることを生きる道としたのも、また痛ましいと言えよう。こんなふうに、主人公の周辺の人物にも厚い叙事を追加してきた。人間は性善説も性悪説もなく、ただ人として“そこで生きている”ことをありのままきちんと描くことが、彼女の得意とするところなのだ。

 中園が「私、番組を見た方が朝から元気になってほしいと思って毎日書いているんです。一日の始まりの空気を決めていくようなものじゃないですか、朝ドラって」と語るとおり(※1)、朝ドラとは今日という一日を元気に過ごすために視聴者の背中を押すドラマシリーズだ。主人公は明るく朗らかで、時に降りかかる困難にめげず、視聴者の感情移入と共感を誘う人物であるのが望ましい。これまでほとんどのキャラクターがそう造形されてきているように思うが、「とはいえ、やなせさんと暢さんの人生をたどっていくと、いいことばかりではなく、本当に山あり谷あり、大切な人との別れもたくさん経験します。そこはちゃんと、事実に基づいて別れも書いていますけど、それでも楽しい場面は思いっきり楽しく、明るく見ていただけるように、と思って書いてます。そういう人生の紆余曲折があったからこそ、やなせさんは美しく楽しい詩やメルヘンを紡ぐことができたんだ、ということを知ってほしいなと思っています」という中園の哲学を反映するかのように、現時点までで描かれているのぶは、よくある朝ドラで愛される人物像とはやや趣を異にしている。

 のぶは活発で率直で、曲がったことが大嫌いなのびのびした女性として成長し、教師を目指して女子師範学校へ入学。折しも時代は、第二次世界大戦の入り口に立ったところだった。昭和12年7月、石材店を営む朝田家のラジオからは、日中戦争の発端となった盧溝橋事件の報せが流れる。若い石大工の豪(細田佳央太)に召集令状が届き、ほのかな想いを寄せ合う朝田家の次女・蘭子(河合優美)と涙の出征前夜を過ごす。戦争の重い空気はいやでも周囲に立ち込め始めていて、「家族のために頑張りたい」「子どもたちに体操の喜びを伝えたい」「走ることが好き」というのぶのささやかな原動力は、「日本帝国の模範的女子たれ」という校訓により少しずつ変質していく。国を背負うべきという時代の空気に抗えぬまま、徐々にのぶの気持ちの中に「お国のために」という“信念”が芽生えていく。

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