『あんぱん』で描かれた象徴的な“正義の死” 千尋と次郎の死が与えた深い喪失感

病床の次郎(中島歩)は妻の手を握り、その名を呼ぶと最期の息を空中に吐いた。『あんぱん』(NHK総合)第62話は、深い喪失感に包まれる放送回となった。
のぶ(今田美桜)が病院に駆けつけたとき、次郎は死の床にあった。呼びかけに答えて、次郎は何かを言い残すようにのぶに顔を向けた。それが夫婦の最後の会話になった。葬儀を終えたのぶは、朝田家に挨拶に訪れる。釜次(吉田鋼太郎)にこれからのことを聞かれたのぶは、教師を続けないことを伝えた。のぶの決意は固いようだ。

第12週で戦争の悲惨さを戦地の描写で伝えたが、第13週では、戦争がもたらしたものをそれぞれの立場で描く。高知へ戻るのぶと入れ違いに、御免与駅に降り立ったのは嵩(北村匠海)。ほこりまみれの軍服に伸び放題のひげが、帰還の困難さを物語っている。柳井家に着いた嵩が耳にしたのは、千尋(中沢元紀)の戦死の知らせだった。
作中の主要人物が次々と帰らぬ人となり、押し寄せる悲しみに観ているこちらも胸がふさぎそうだ。ある日突然、身近にいた人間がいなくなるという形で、戦争の影響は見て取れる。命からがら故国へ戻ったとき、会いたかった人はもうそこにいない。生きて帰ってからも、死者を背負い、死の気配を感じながら生きることになる。

千尋を失ったことは、嵩に何をもたらしたのか。栄養失調で死線をさまよった嵩は、清(二宮和也)の幻を見て、背中を押されるように生者の世界に戻ってきた。「生きて帰ってくるのは、僕じゃなくて千尋ならよかったのに」は、嵩の偽らざる思いであるが、そこには、優秀な弟にコンプレックスを抱く兄弟の関係性も投影されていて、去りゆくものへの異議申し立てのように響く。

なぜ自分は生きているのか。嵩の視線の先にあるのは生と死の境界であり、戦場を見てきた嵩は、戦争を観念的なものとしてとらえていない。それでいて、甚大な災厄をもたらした元凶がどこにあるかを考えているように見えた。